由緒あるサボテン ~𝑳𝒐𝒃𝒊𝒗𝒊𝒂 𝒂𝒓𝒂𝒄𝒉𝒏𝒂𝒄𝒂𝒏𝒕𝒉𝒂 v. 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔~
サボっていたブログで、久々に更新をします。ネタがない訳ではないけど、まとまった記事を推敲して出す時間もあまりないまま時間だけが経ってしました。
だいぶ書いていない感覚があったので、簡単な記事を書くかと思い、書くことにしました。簡単な記事なので、トップの1種類のサボテンについての記事になります。
由緒あるサボテン
「由緒ある」サボテンと聞いて、皆さんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか?
誰かが作出した特別なサボテン? 特別に珍しいサボテン?
はたまた、何かいわくつきのサボテン?、、、
答えはそのいずれでもありません。
答えを先に言ってしまうと、この写真のサボテンは「この種類が記載される元になった基準産地の系統」なのです。これが「由緒ある」の正体です。
基準産地って何なの? そんなに特別なことなの?
そういった疑問に対して上手く説明ができるかわかりませんが、解説したいと思います。
基準産地(タイプ・ロカリティー)のサボテン
このサボテンは、「𝑳𝒐𝒃𝒊𝒗𝒊𝒂 𝒂𝒓𝒂𝒄𝒉𝒏𝒂𝒄𝒂𝒏𝒕𝒉𝒂 v. 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔 MC 5060」という名前で入手したサボテンです。MC 5060は、この系統に付けられたフィールドナンバーです。
この種類には、日本での園芸名は付いていなかったと思いますが、光虹丸、虹光丸、紅光丸(こうこうまる)と呼ばれている種類の近縁種です。学名の読みは「ロビビア・アラクナカンタ・トッレキラセンシス」といった具合になります。
私がこの株が売られているのを見た際、「MC 5060」というフィールドナンバーを見て、ビビッと驚きの感覚が自分の身体の中に走りました。
「MCというフィールドナンバーは誰のものか」すぐにわかった方は、植物学によく精通されている方とお見受けします。
MCは、ボリビアの植物学者、Martín Cárdenas(マルティン・カルデナス)のフィールドナンバーです。
Martín Cárdenas氏は、母国のボリビアは勿論、南米で植物学の発展に多大な貢献をされた植物学者です。
サボテンのみならず、𝑨𝒎𝒂𝒓𝒚𝒍𝒍𝒊𝒔属(アマリリス属)等、様々な植物の記載者、学名への献名でしばしば名前を目にします。
例えばサボテンなら、𝑮𝒚𝒎𝒏𝒐𝒄𝒂𝒍𝒚𝒄𝒊𝒖𝒎 𝒄𝒂𝒓𝒅𝒆𝒏𝒂𝒔𝒊𝒂𝒏𝒖𝒎(光琳玉に当たる種類)や𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒄𝒂𝒓𝒅𝒆𝒏𝒂𝒔𝒊𝒂𝒏𝒂の種小名は、彼の名前が献名されています。
さて、話を戻します。
「MC 5060」のフィールドナンバーを見て、即座に私は購入する事を決意したわけですが、もう少し「MC 5060」について掘り下げて調べることにしました。
調べること1時間、何と「MC 5060」の系統は、𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔の基準産地の系統であることがわかりました。
これはどういうことかというと、「MC 5060」という系統の株は、Martín Cárdenas氏が1947年にボリビアの高山帯で採取し、𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔として新種記載した系統と同じ系統であると言うことです。
𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔の新種記載論文を読むと、「MC 5060」という系統を元に記載した旨が書いてありました。記載論文には、[Bolivia. Florida: Santa Cruz Department, Torrecillas, near Comarapa, alt. 3,500 m] で採取されたことも書いていました。
基準産地の系統であることは、何がすごいのか?
基準産地の系統であることは、新種記載された時の記録も全て論文に記載されているため、「その種類(この記事の場合、𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔)であること」が保証されています。
「いやいや、基準産地でなくても、学名が付いてればその種類ではないの?」
これは確かにそうなんですが、サボテンは分類学においての分類がまだ不完全、不安定な印象を個人的に持っています。
もっとわかりやすく言うと、サボテンは過去、現在、未来において、また学者・趣味家によって学名がコロコロ変わりえますし、変わります。
つまり、学名、または日本の園芸名しかついていない株は、名前が変わる可能性、名前と実体が一致しない可能性が大いにあります。
どの種類だか怪しい側面がある ― 趣味の栽培で言うと、実は何を育てているかわからないということになると考えます。
「名前なんか不明でも、見た目がよければいい」
そういう意見も否定はしません。でも、名前なんか不明でも構わないという方でも、学名や日本の園芸名で呼ばない人は中々いないんじゃないでしょうか。
この話は置いておいて、サボテンの野生種では、不確定・不安定な学名が付いていることより、フィールドナンバーや基準産地がついていることは情報としてより不変的・より確実であり、様々な知見をもたらしてくれます。
さらに、基準産地の系統だと、「誰が」「どのような根拠を元に」「どこに生えていた植物を」「どんな名前で」記載したかが明確にわかります。
「この基準産地の種類は、他の種類と何が違うんだろう」
「この基準産地の種類は、どこに、どのような環境に生えていたのだろう」
こういった疑問が解決されることもあります。
実際、𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔も学者や趣味家によって学名がコロコロ変わります。
Martín Cárdenas氏は𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔として新種記載しましたが、他の方は𝑳𝒐𝒃𝒊𝒗𝒊𝒂 𝒂𝒓𝒂𝒄𝒉𝒏𝒂𝒄𝒂𝒏𝒕𝒉𝒂 ssp. 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔という学名を主張したり、𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒂𝒓𝒂𝒄𝒉𝒏𝒂𝒄𝒂𝒏𝒕𝒉𝒂と同種、または𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒂𝒏𝒄𝒊𝒔𝒕𝒓𝒐𝒑𝒉𝒐𝒓𝒂と同種だと主張する人もいます。
学者でもこれだけ意見が分かれますから、市場では名前がもっと混乱しています (正式に発表されていない学名も多い)。
1つ言えるのは、「MC 5060」の系統だけはMartín Cárdenasが𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔として名付けた正真正銘の個体ということです。
𝑬𝒄𝒉𝒊𝒏𝒐𝒑𝒔𝒊𝒔 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔、または𝑳𝒐𝒃𝒊𝒗𝒊𝒂 𝒂𝒓𝒂𝒄𝒉𝒏𝒂𝒄𝒂𝒏𝒕𝒉𝒂 ssp. 𝒕𝒐𝒓𝒓𝒆𝒄𝒊𝒍𝒍𝒂𝒔𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔という名前だけなら私は買わなかったでしょう。
本当にその学名に該当する種類かわからないから、名前違いや名前違いに起因する人工的な雑種系統であることも否定できないからです。
名付けに置いて混沌としたサボテン界隈では、基準産地の系統は、これに勝る正確性を持つ情報はないと思っているくらい「由緒がある」ものだと信じています。
情報の正確性とともに、記載論文を読んでいると記載者の様々な思惑や時に感情もわかり、その名前に関連するストーリーもわかってきます。
ただ名前が不明な種類栽培するだけではなく、そのサボテンにまつわる歴史を知るのも面白いものです。
おまけ
この「MC 5060」系統ですが、日本でも流通はほぼなく、海外でも種子を販売している確実な業者はスウェーデンのSuccSeedのみのようです(この業者からは、現在日本には輸入できません)。
SuccSeedの説明文には、「very small, dark green-brown, reddish tinted plants, reddish flower.(とても小さく、濃緑色から茶色で赤味を帯びる植物、赤い花を咲かせる)」とあり、この文章からも魅力的な植物と感じられます。