tawashiatsume

植物、主にサボテン・多肉植物。時々登山、時々お酒。

多肉植物業界を風靡する𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊とその近縁種たち

f:id:tawashiatsume:20210923131928j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊 FO-076 [Mexicó. Oaxaca: Sierra Mixteca]、種子から3、4年の株

 今回は、昨今の多肉植物業界で人気が急増しているアガベ 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆属の植物をネタに記事を書きます。

 

 アガベも、近年は様々な種類の輸入種子が出回って、種子の実生を楽しんだり、苗を育てられるようになりました。

 

 このようなアガベブームの中で特に人気がある種類があります。アガベ・チタノタ 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂とその近縁種のグループです。

 海外で作出された人気品種の苗は、小さくても何十万円という単位で値が付くようになりました。

 

 人気が出てきて色々な種類や系統が出回るようになった一方で、近年の新種発表で名前 (流通名)が混乱している側面もあるので、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂とその近縁種について学術的な側面からまとめようというのがこの記事の目的になります。

 

 多分、半分くらい学術的な内容が入る長文になります。

 

アガベの新種は近年でもよく記載されている

f:id:tawashiatsume:20210923131917j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂 'Blue Ball'、種子から3、4年の株

 多数のアガベが自生するメキシコは、世界でも有数の豊かな生物多様性保有する国で、近年でもアガベの新種が絶え間なく記載されています。

 今回紹介する𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂とその近縁種も、その新種群の中でも最近発表された種類を含みます。

 

 今回の記事で扱う種類は、アガベ・チタノタ 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂、アガベ・ケルチョベイ (ケルコウェイ) 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒌𝒆𝒓𝒄𝒉𝒐𝒗𝒆𝒊、アガベオテロイ 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊、アガベ・クイオテペケンシス 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒒𝒖𝒊𝒐𝒕𝒆𝒑𝒆𝒄𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔, 𝒏. 𝒏.の4種類です。

 いずれも分岐しない花序を持つ種類で、後者2種類が近年記載された種類です𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒌𝒆𝒓𝒄𝒉𝒐𝒗𝒆𝒊 が1864年に記載と最も古く、ついで𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂 が1982年に記載です。

 

 ちなみに、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒒𝒖𝒊𝒐𝒕𝒆𝒑𝒆𝒄𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔に𝒏. 𝒏. (𝒏𝒐𝒎𝒆𝒏 𝒏𝒖𝒅𝒖𝒎:裸名)と付けているのは、2019年に記載論文が発表されたものの、新種記載文がスペイン語で書かれていたために、命名規約に照らしてみると学術的に有効な学名ではないからです。

 

 この4種類は、近年記載されたことや、お互いに非常に似た見た目をしていることから市場において混沌としているグループです。

 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒌𝒆𝒓𝒄𝒉𝒐𝒗𝒆𝒊以外の3種類は、これまで𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂として認識されてきたと思います。ですので、例えば、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂で検索すると、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊の画像が出てきたりします。

 

 この記事では、従来𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と呼ばれてきた広義のグループを上記の4種類に分けて書いています。勿論、真の𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂も存在するので、4種類がどう区別できるのかも合わせて、です。

 

新種であり、近年最も人気のある𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊

f:id:tawashiatsume:20210923131928j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊 FO-076 [Mexicó. Oaxaca: Sierra Mixteca]、種子から3、4年の株

 現在市場で最も人気のある種類の1つ、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊が新種記載されたのは、2019年です。

 しかし、この種の存在はそれよりもずっと前から知られており、1984年にメキシコのシードハンター Felipe Otero氏が採取したFO-076という系統が、実は𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊でした。

 

 FO-076という系統について、採種された当初からFelipe Otero氏は、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂を含む他の既知種には該当しない未記載種と扱っていたようです (この逸話から、Felipe Otero氏はシードハンターとして慧眼の持ち主だったと思います)。

 

 しかし、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂が形質の変化の幅の大きい種類とみられていたことや、コレクターのいざこざがあって、Felipe Otero氏は疑問に思っていたのにも関わらず、FO-076という系統に𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂という学名が付与されたようです。

 

 その後、Greg Starr氏 (アガベの大御所、アガベの分類の研究者)とTristan Davis氏によって2000年以降に現地調査され、2019年に𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊として独立した新種として記載されるまで、不運にもFO-076は𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂として扱われて市場で流通したと見られます。

 

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂を含む近縁種の違いは?

f:id:tawashiatsume:20210923131931j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊 FO-222 [Mexicó. Los Cues]、高確率で「裏トゲ」が発達する系統

 FO-076が𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂として扱われた経緯はさておき、2019年に𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊は𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂とは明確に異なる種類として記載されました。

 では、近縁種との差異はどうなのか、気になるので調べたところ、下記のようになりました。

 

 まず、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒒𝒖𝒊𝒐𝒕𝒆𝒑𝒆𝒄𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔, 𝒏. 𝒏.は、花序で稔性のある花が付く区間の割合が非常に大きいこと (全体の割合の約9割)で他の種類とは明確に区別できるようです。

 とは言え、これだけだと栽培下ではあまり参考にならないので、もう少し調べると、(1)葉の形が細長くなることで𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊からは区別でき、(2)𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒌𝒆𝒓𝒄𝒉𝒐𝒗𝒆𝒊が葉の幅が狭く (~12 cm) 葉の辺縁がまっすぐなのに対して、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒒𝒖𝒊𝒐𝒕𝒆𝒑𝒆𝒄𝒆𝒏𝒔𝒊𝒔, 𝒏. 𝒏.は葉の幅が広くなり (12 cm~17 cm) 葉の辺縁がうねることで区別できるようです。

 

 𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒌𝒆𝒓𝒄𝒉𝒐𝒗𝒆𝒊は、葉が細長く幅が狭いことから𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊からは区別できますが、他にも葉の長さが長くなること (60~125 cm)や葉の上部1/3~1/2はトゲを欠くことでも区別できるようです。

 論文では、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊の葉の長さはせいぜい60 cmまでとあります。

 

 最後、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊の区別ですが、(1)葉の色、(2)葉の中央部のストライプ、(3)葉の先端のトゲが顕著な違いのようです。葉の形も違うようですが、栽培下ではあてにならない形質なので割愛します。

 

 (1)葉の色ですが、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂は粉吹いたような白色~青白い色が典型品で、青緑色を帯びる個体はかなり稀ということです (全くない訳ではなさそう)。𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊は、薄い緑色~濃い緑色が典型のようです。

 子株の写真だと𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊も青みを帯びているように見えますが、大きくなると緑色が強くなります。𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂も大きな株では青白い色が強くなり、全くの別物に見えます。

 

 (2)葉の中央部のストライプは、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂だと稀に葉の中央部に薄くストライプが走るのに対して、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊はしばしば葉の中央部に薄い緑色のストライプが出るようです (市場でよく斑入りと勘違いされていると思います)。

 (2)については我が家の𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊の株でよく出ています。これは栽培下でも確認しやすい形質ですね。

 

f:id:tawashiatsume:20210923131921j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊 FO-076 [Mexicó. Oaxaca: Sierra Mixteca]、確かに葉の中央部に黄緑色のストライプがよく入っています。俗に言う「斑入り」系統ではないです。

f:id:tawashiatsume:20210923131913j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂 'Blue Ball'、葉の中央部に明瞭なストライプはなく、他の個体もこんなもんです。

 (3)葉の先端のトゲは、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊とも角質化して発達しますが、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊の方がより広く角質化して発達し、特に葉の背軸側 (裏側)にまで大きく角質部が発達しやすいようです。

 

個体差や雑種もあるのでややこしい

f:id:tawashiatsume:20210923131934j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊 FO-222 [Mexicó. Los Cues]、メキシコはサボテンや多肉植物が手厚く保護されているので、はっきりした系統は本当に貴重。

 近縁種の区別点を書きましたが、これだけでは栽培している種類がどれなのか判別できず、中々わからないことも多いです。

 

 これには種内の個体差、野生交雑種、それと市場で流通する過程での人的な交雑が関わっていると推測します。

 

 種内の個体差は、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂でも見た目のロゼットや強く発達したトゲから𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊に似た個体も自生地で見られるようです。しかし、葉の色と葉の中央部のストライプから𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と判断されていました。

 

 野生交雑種については、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒌𝒆𝒓𝒄𝒉𝒐𝒗𝒆𝒊、𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊の3種は自然環境下で分布が重なって同所的に生育している地点があり、雑種と思われる個体が自然環境下で見つかっているようです。

 このような雑種と思われる個体は、種類を区別する特徴と照らし合わせただけでは中々判別がつきません。

 

 また、市場で流通する個体でも、野外から持ち込まれる段階で既に野生交雑種であったか、それとも流通の過程で交雑したと思われる個体が出回っているのを目にします。これも雑種かどうか、また、どの種とどの種の交雑由来か判別するのは難しいです (フィールドナンバーや系統番号が付いていれば推測することも可能)。

 

f:id:tawashiatsume:20210923131924j:plain

𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊 FO-076 [Mexicó. Oaxaca: Sierra Mixteca]、純粋な𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊のように見える。

 あくまで個人的な見解ですが、FO-076とFO-222というフィールドナンバーがついた系統は、純粋な𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊であると言ってよいと思っています。

 FO-076については、アガベ大御所のGreg Starr氏も𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊だと言っていますし。

 

 2019年以降、市場流通が多くなってきた昨今では、単に𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒐𝒕𝒆𝒓𝒐𝒊の名前しか付いていない個体に明らかに𝑨𝒈𝒂𝒗𝒆 𝒕𝒊𝒕𝒂𝒏𝒐𝒕𝒂と思われる個体が混ざっていたりと、ややこしい状態になってきたなと思いながらこの記事をまとめました。

 

 何か、些細なことの参考にでもなれば幸いです。

 

参考文献

G. Starr & T. J. Davis (2019). Agave oteroi (Asparagaceae/Agavoideae) a new species from North-central Oaxaca, Mexico. Cactus and Succulent Journal 91(2):134-143.

A. J. García-Mendoza et al. (2019). Cuatro especies nuevas de Agave (Asparagaceae, Agavoideae) del sur de México. Acta Botanica Mexicana 126.